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声は届いているだろうか。
心は伝わっているだろうか。

夢であるならば結構。
現であるならばそれもまた良し。

狭間にたゆたうことこそ我が望み。
故にこそ我は夢も現も求めぬ。

ただ、世界を。
我が存在し得る、世界を。

求め望み願い、
そして、

暗転。
2009.04.21 Tue l 独り言 l COM(0) l top ▲
それは夢か




それは現か




それは幻か




それは実か




己の目の不確かさも

己の耳の疑わしさも

己の口の白々しさも

知らぬままに




この世を逝き

あの世を生き

また 全てを失って孵る




冷たい闇の底から

暖かな赫に包まれ

また 全てを失って還る







―大粒子、滞留し対流し大竜子とならんや―
2009.04.19 Sun l 独り言 l COM(0) l top ▲
時計を見て、「あぁもう夜も遅い、寝ないと明日学校で寝てしまうから寝よう」とか、
そんなことを考えていた時期が俺にもあった。ああ、あったさ。
事実、先日まではそれを考えて実行し、不完全ながらも成果を挙げていたのだ。
だがしかし、俺は考える。「それでいいのか?」と。
人類の生み出した英知の結晶。
今を刻み、時を伝え、移ろいを感じさせ、人々に規則ある生活と風流さをもたらしたもの。
それが時計。こうしている今も、時節を創り、我々に与え続けている時計というものだ。
だが、現代に生きる人々は、時に依って行動し、その結果、時に縛られている!
自らが作り出した時という幻想に囚われ、縛られ、結果、苦痛を強いられているッ!
時を知ろうとした偉大なる先人達は、時に縛られ、苦痛を受けるために時を刻もうと望んだのか?
時に指示され、その通りに動く傀儡を生みだすために時計を造り出したのか?
否!否!否!
時を知り、今を知り、己を知り、
移ろい変わりゆく時の流れに翻弄されることなく己を貫く、
そのためにこそ先人達は苦難を乗り越えて時計を創ったのだッ!
ならば我々がすべきは時に縛られることではないッ!
時を掌握し、己を縛る枷を砕き、己の在るがままに生きることなのだッ!
故に俺はッ!寝たくなるまでッ!起きるのをッ!やめないッ!
己の望むままにッ!時を、今を楽しむ!
今理解したッ!大学だとか志望校だとかあー明日学校じゃんだりぃとか!
そんなことはッ!時の彼方へほん投げるッ!
俺は今ただひたすらにこの瞬間を楽しむッ!
今この瞬間に在る俺に課せられた使命はそれ一つ!
未来の事は未来の俺に任せた!ではさらばだッ!
2008.11.04 Tue l 独り言 l COM(3) l top ▲
生きる意味を見失って死ぬ若者が多い昨今。
彼らの死を「下らない」と言う大人に私は疑問を抱く。

彼らの事を何一つ知らないくせに、何故下らないと言えるのか。

確かに死ぬ理由としてはあまりにも小さいかもしれない。
もっと辛いことも大人なら知っているかもしれない。
でも彼らにとっては人生で最も辛かったことなのだ。
下らないと言えるのはその上を大人たちが知ってしまったから。
でもそれは言ってしまえばただの妬みだ。それこそ下らないと私は思う。

『逃げたり諦めることは誰でも一瞬あれば出来るから歩き続けよう』
小さな頃に聞いた歌の歌詞だが、死ぬ直前の彼らにこの言葉を私は言ってやりたいと思う。
終わらせることは簡単で、続けることは難しい。
でも、終わらせてしまえばそこで終わりだが、続けられれば少なくとも足掻くことができる。
楽な道を選ぶか、苦難の道を選ぶかは彼ら次第だとしても、
その選択肢くらいは与えたい、と私は思うのだ。
2008.10.07 Tue l 独り言 l COM(0) l top ▲
信じることというのは意外に難しい。
何せ人間は言葉以外に相手の心の内を知るすべを持たないから。
だからこそ信じられる他人は何よりも大切だと私は思う。
そして、他人から信じてもらえる自分であるために、何よりもまず自分を信じることが大切だと思う。

信頼はガラス細工。造り難く壊れやすい。
信頼の安売りは己の信頼を下げるのみ。
信じ恃むことが出来る人間を選ぶことこそ肝要。
しかし人間は存外他人の気持ちをわかれない。
故にこそ信じる事は難しく、信じられる他人は尊く、信じてもらえる己は強いのだと私は思うのだ。



それでは、夢に溺れ、現実に転がされ、傷つき呻く頃に、また。
2008.10.07 Tue l 独り言 l COM(0) l top ▲
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